昨日の泥

けれど夕日はお前と仲間の髑髏を映す

炭酸とポッカレモンでなんとかなる

日記

f:id:motomachi24:20210130002507j:plain 昨夜は酒を飲まなかった。炭酸とポッカレモンでなんとかなる。

ここ2週間くらい毎日飲む量を半分以下に減らしている。

全く飲まなかったのは今年初めてだ。

特に体調に違いはない。

先日の Windowsドラゴンクエストのキー操作ができなかった件。これもまた DvorakJ の影響だった。

いよいよ本格的に Dvorak 配列の日本語入力環境を検討しないといけないようだ。

明日は2ヶ月に一度の糖尿と高血圧の検査のため病院に行く。今回は動脈硬化の検査と栄養指導も入っている。

今回は数値が悪そうなので栄養指導がいたたまれない感じになりそうだ。

今日は試しに改行を多くしてみた。

プレビューを見たら気分が悪くなったので次から元に戻す。

孤独

ツイッターでしか見てないが、政府に「孤独担当大臣」というポストができたらしい。

担当相ができるほど孤独というのは万人にとって解決すべき問題なんだろうか。孤独であることが辛い人にとってはそうかもしれないが、大勢でたわむれるより一人あるいは少人数の方が楽しいという人も多いのではないだろうか。無駄に集まることを減らすためにもここは「孤独推進担当大臣」というポストを用意し、大いに活躍していただきたい。

あるいはもっと大盤振る舞いして「虚無化担当大臣」なんか良いと思う。

なんでもない話

アメリカの映画やドラマなんかでは、断酒中の人たちや何かの被害者の人たちや戦場帰りの人たちが、テーブルのない部屋で輪になって椅子に座り辛かったことやいま辛いことなんかを一同に話す集まりをやっているのをよく見る。

あれは、楽しかった体験にも応用できそうな気がするが、多分楽しかった体験というのは自慢になったりマウントの取り合いになるような気もするので失敗しそうだ。

いっそなんでもないことをそれぞれがみんなに話すというのはどうだろう?

「僕はいつもラーメンはしょうゆ味ばかり食べるんですけど、昨日ふと気が向いていつもは食べない塩ラーメンを食べました。味は普通でした」(一同拍手)

辛さや楽しさにぶれたら「いま辛い話になった!」と周りから怒られるのだ。

ステレオタイプ

マッチを触ったことがなく、火をつけられない子供が増えたことに対して「将来がちょっと心配になる」と書かれた記事を見た。おそらく有史以来この手の「かつて普通に使われていたものが身の回りから少なくなったことで、子供たちがそれを知らなかったり使えなかったりすることを嘆く」人たちはうじゃうじゃといたのだろう。その人達の無駄な心配は一つも当たることはなく、ただただ無駄に消えていった。

そもそもマッチで火をつけられないくらいで不安になる将来ってなんだよ。マッチであちこちに火をつけまくる方が将来不安だろう。

マッチやライターが身近にあって未就学児童ですらどこにでも火を付けられる時代のほうが特殊で異常だった。「子供がマッチで火をつけられない」ことを嘆く資格のある大人なんか一人もいない。