昨日の泥

けれど夕日はお前と仲間の髑髏を映す

物欲の親は物欲

広告で「この人社長 →」より田舎臭い表現があるだろうか。

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あるジャンルの製品を買おうかどうかと1ヶ月くらい考えている。価格的には1ヶ月迷うことはない価格帯なのだけど、大きな買い物をしてからそれほど経過していないので、慎重にならざるを得ない。

もとはといえばその大きな買い物をしたことで今回その製品が欲しくなったのだ。物欲の親は物欲だ。

その製品は10年くらい前に新ジャンルとして登場し、それからバージョンアップされて定番としての地位を確率している。その限定色がここ1ヶ月気になっている。ついでに言うと他社の亜流も登場していてそれぞれ猿真似ではない良さがある。

ややこしいことに、10年前に登場した改良前のものが一番良かったと言う人も少なくない。なにをどうすれば良いのだ、難しすぎる。

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音楽はどう聞くかとか何を聞くかを導く人がいない。いてたまるか。仮にそんな奴が出てきても「押し付けるな」と袋叩きにあうだろう。

一方ファッションにはファッション「リーダー」という存在がいらっしゃるようだ。自分で判断して選んだ結果が笑われることが怖くて、後押ししてくれる人が必要なのだろう。

退屈でつまらなくて取るに足らない世界に思えてならないが、それが良いという人もいるのだろう。

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今日も降水確率が高く、予報では雷マークも出ていたので自転車は置いてきたが、朝・昼・夜いずれも傘を使わなかった。

明日は晴れの予報なので自転車で通勤するが、どうせ雨が降るに決まっている。

ボタンじゃないからだ

マスクってウィルス防御や飛散防止じゃなくて「対策を意識してますよ」という表明のための印としての機能が一番大きいのではなかろうか。言っちゃえばホワイトバンドみたいなものだ。

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どうでもいい話だが、PC のキーボードのキーを「ボタン」と呼ぶことに強い抵抗がある。

なぜならばボタンじゃないからだ。

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2020年になってもお中元とお歳暮の習慣がまだ残っていることを20世紀の人たちは予想できただろうか。あと年賀状も。

「この習慣は老人のものだ。だから老人たちが亡くなったら習慣は廃れるだろう」という考えの盲点は老人は毎年補充され、悪習を引き継いでしまうという点だ。

伝統を守るということは悪習を引き継ぐことなのだ。だから伝統にノーというか、伝統のために悪習を是とするか。個人的にはもちろん前者のスタンスだが…

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雨なので地下鉄で出勤したのだが、行きも昼休みにコンビニに行った時も帰りも傘は要らなかった。ただ、夕方にはかなり降っていた。こういう日は自転車で行がなかったことが正解なのか判断に困る。

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「違くて」は三十年以上前に塾で教えていたときに子供たちが使っていて、大いに違和感を覚えたまま現在に至っている。

最近になって「違うくて」というバリエーションがあることに気がついた。気分的には「違くて」がなんかおかしいんじゃないかと気づいて微修正をかけたように聞こえてしまう。

どっちも苦手。

隕石が落ちればいいのに

出社前に新しい電動ポンプで空気を入れてみた。スタート段階の 500kpa ちょっとから1分もかからずに設定の 700kpa になった。やはり充電式というのが改めてありがたい。

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マスクを洗って再利用する際の限界は回数や日数ではなくて、毛羽立ち具合じゃないだろうか。くすぐったくなったらさすがに捨てる。

問題はその境目だ。朝、選んだやつがけばけばだとその日は帰るまでくすぐったさに耐える必要がある。

少しの毛羽立ちでも対応できるよう予備のマスクはあらまほしきことなり。

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テレビでは相変わらず「撮影者=被写体」という意味ではなく「通常は被写体である人が自ら身の回りの物や親しい人物を撮った」という意味で「自撮り」という言葉を使っている。

すべてのテレビ局に隕石が落ちればいいのに。

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「投票は義務」という発言をたまに見かける。

Wikipedia の「義務投票制」の項によると11の国が罰則付きで投票を義務化していて、他に厳格ではないものの罰則つきで義務化されている国や罰則がないが義務化されている国が合わせて20あるらしい。

もちろん日本は含まれていない。

「投票は義務」と言っている人も本当に義務だと思っている大馬鹿ではなく、投票を呼びかけるレトリックとして言っていることは承知している。投票率が低いことに危機感を覚えるあまりの発言なのだろう。

ただ義務を果たすことと自分が持つ権利を行使することはどちらも大事なので、動機は純粋であっても、あまり軽々しく「投票は義務」と言ってまぜこぜにして欲しくないとも思う。

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ツイッターでは「時代が変わるかも」とか大騒ぎしていたわりには投票率は前回を下回ったらしい。ネットの情報はだいたいいい加減だ。

そういう俺も葉書が来なかったので投票に行かなかった。葉書が来なかったのは道民だからかもしれない。

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「昔は衛生面におおらかだった、おかげで抵抗力のある強い子に育った」みたいな懐古趣味の発言があって、それ自体はある意味事実だと思うんだけど、その影には抵抗力云々の前に死んでった子供がたくさんいるわけで、懐古趣味の人たちの主張はそのまま「弱い子は大きくなる前に死んでしまえ」と同じ考えだってことは忘れないようにしたい。

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この日記は日に10人前後の閲覧数がある。なんのために書いているのだろう。自分の記録のためなら箇条書きにして非公開にすればいいじゃないかといつも思っている。

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「タレ付きの弁当を温めたあとでタレを貼り付ける」というのは昔からあった動作だが、7月以降はレジ袋なしの場合に割り箸をタレと弁当の間にはさめてくれるようになった。

これをエコ仕草と呼びたい。

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「私の記憶が確かなら、コピーペーストには面倒で使いにくい Ctrl/Shift + Insert キーが割り当てられていた」

と思って試してみたら Windows / macOS どちらもまだ有効だった。普段 Insert キーがついたキーボードを使ってないので気づかなかった。

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バット型のペッパーミルが商品化されていることを知った。サイズ的にもほぼバットらしい。それがあればリアルで、Yes! アキトの持ちギャグ「♪カルボナーラ胡椒かけてますますます」ができるじゃないか。

と思ってアマゾンで確認したら1万円以上することが判明。冗談で買える値段じゃなかった。

使い勝手はなかなか良かった

そういえば、電動の空気入れが届いたんだった。まだ昨日のチューブ修理時のパンク箇所探しや修理後に漏れがないかを確認した際にしか使っていなので高圧での使用は試していないが、使い勝手はなかなか良かった。音はうるさいがこれは仕方がない。

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喫煙可の店に子供が入れないというだけでは不十分で、煙草を売ってる店には未成年は入れないことにしなければいけない。コンビニエンスストアも含めたすべての小売店は「煙草の売り上げ」か「未成年の利用による売り上げ」のどちらかしか選べないようにするべきだ。

というかそうなるだろう。

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ツイッターを見てると「選挙行かないのはどうかしてる人」みたいな空気だから投票率も80%くらいあんじゃね?って気がしてくるのだが、実際の投票率は毎回そうでもない。ということはツイッターを義務化すれば投票率が上がるのではないだろうか。

もちろんそんなはずはなく、実際のところツイッターユーザの投票率が高いのではなくて、行かない人はわざわざ行かないってツイートすることは少ないからそう見えるだろう。むしろ投票に行ったとか行こうよと呼びかけるツイートがある事自体が投票率が低いことの現れと行っていいだろう。

投票率が高いことがそのまま良いことなのかという問題は保留。

チューブを何本か修理した

皮膚科はさぼった。月に一回くらいのペースだ。どこかにさぼったリングができるかもしれない。

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近所で買い物をしたあと SAKURA BROWN で香草チキンカリーを食べた。スープカレーは久しぶりだ。ココナツスープの5辛で安定のうまさ。チキンカツは薄めの豚カツくらいの厚みがあったが、もったりしていなくチキンの味がしっかりと味わえた。

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溜めてあった、というか溜まっていたパンクしたチューブを何本か修理した。大部分は古くて既に何箇所か修理済みだったのと、前の自転車のタイヤサイズのものなので(前のは直径はほぼ同じだけど細かった)、捨てることにした。

見込みのありそうなのを5本ほど残し、未開封の3本と合わせて待機させることにした。

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パンク修理中に父から着信があった。携帯の買い替えに伴う料金の説明を聞いて欲しいとのこと。昨日の朝の電話はそのためだったのかもしれない。

au の人に代わり説明を受けたところ特に問題がなさそうなので了承した。高齢者なのでトラブル防止のために家族に確認することになっているのだろうか。

それにしてもデータ通信をほとんどしないのと、おそらくひとつ前の機種のためだと思うが初期費用も月額もかなり安い。初期費用なんか俺の iPhone と桁が2つ違う。

機種変更で簡単なスマートフォンにしたのか、フィーチャーフォン風で中身がスマートフォンになっている機種にしたのか、次にあったら確かめてみよう。

そういえば、プランの説明の際にショップの人が普通に「ガラケー」と言っていた。昔は端末を提供する側の人は避けていた言葉だった気がする。さすがに一般化した言葉なので今は気にせずに使っているのかもしれない。

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自転車に乗らない人は「タイヤ交換」「タイヤ修理(まれ)」「チューブ交換」「チューブ修理」は区別していない、あるいはそれぞれなんだか分からないかもしれない。

タイヤは主に外側のいわゆる「タイヤ」の部分とその中の「チューブ」で構成されている。大多数の自転車にとって外側のタイヤはたくさん乗りすぎて磨耗したり急ブレーキで地面に擦って薄くならない限り交換することはないが、趣味の自転車は乗る距離が長いので交換の頻度が高くなる。加えてより良い性能のタイヤを求めたり、冬タイヤに変える場合にも交換する。

タイヤ自体の修理はまれで、薄くなった際の応急処置として内側から柔らかくて丈夫なプレートを当てるくらい。

一般的に「パンクの修理」というのは、タイヤを外してチューブを出してパンク箇所を見つけて穴を塞いでチューブとタイヤを元に戻すという工程になるが、趣味の自転車は大前提としてホイール(中の金属部分も含めたタイヤ全体)を簡単に外すことができる。そのため時間がない時や出先では、ホイールを外してタイヤを片側だけ外しチューブを取り出して新しいチューブを入れてタイヤを元に戻して空気を入れることで作業時間を短縮できる。

この作業ではパンクが治ったのではなく、パンクしてないチューブに交換しただけだ。走行に支障がなくなったがさっきまで使っていたチューブはパンクしたままバックに入っている。そのためチューブの交換を「パンク修理」と呼ぶのは若干の抵抗がある。取り出したチューブの穴をその場で塞いで戻したのならパンク修理と呼ぶことに問題はないが。

取り出したチューブは穴を塞いで次に備えてバッグに入れておけばいいのだが、面倒で溜めておくと今日のようにまとめてパンク修理をする羽目になる。

一般的に「パンク修理」はトラブルに対する緊急対応であるが、普段から自分で対処する人にとっては緊急対応が終わった後の後始末であり次のトラブルに備えた準備でもあるわけだ。

なんでこんなこと説明してるんだろう。

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NHKのスーダラ節ドキュメントを見た。大半は多くの人が知ってることばかりだったけど、いくつか初めて知った事実もあり、とても良い構成の番組だったと思う。

俺が好きな植木等のエピソード。競馬場のレースの合間に開かれるミニイベントで当時ソロツアーをやっていた植木がツアーの宣伝を兼ねて数曲歌ったとこがあって、競馬場のイベントに出てくる人の歌を聞く人は少なくアウェイの空気だったんだけど、植木は競馬場の客を徐々に引きつけ最後はスーダラ節の「馬で金儲けした奴ぁいないよ わかっちゃいるけどやめられない」で大合唱になったそうだ。

格好いいなあ。

番組にひとつだけ不満を述べるなら、作曲家としてもさることながら、天才アレンジャーだった萩原哲章の業績をもっと掘って欲しかった。

地上に落下した可能性がある

シャワー中で話せなかったのだが、朝、珍しく父から電話があったらしい。携帯を買い替えた、コロナで控えていたシルバー人材センターの仕事を再開して毎日働いている、元気だということを伝え聞いた。

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2日未明に関東地方で観測された火球は地上に落下した可能性があるそうだ。そのうちそれを拾ったと称してメルカリ等に出品する人がでてくるのではないだろうか。

ことセブンイレブンのレジ袋が有料になってから、商品をそのまま持って店から出る機会が増えた。その状態を真似た万引きが増えるのではないだろうか。

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音は波である。音の波Aとそれを逆さまにした波Bを同時に送り、受取先で波Bをもう一回逆さまにした波Cは波Aと同じになる。同じ波なので波AとC足して半分にしても波Aとなる。

ここで、送られる途中に波にノイズが混入したとする。ノイズは波Aと波Bに平等に乗るので、先ほど出てきた波Bを逆さまにした波Cではノイズだけが逆さまになる。この波Cを波Aと足して半分にすると、AのノイズとCの逆さまにしたノイズを足すことでゼロになるため元の音は残りノイズだけが消されることになる。

このような大昔からあるアナログな技術の解説がわりと好きなんだけど、詳しい中身はあまり得意ではなく雑学レベルに留めている。

迷いながらオーロラタウン

雨なので地下鉄で出社。駅から会社に向かう途中にマクドナルドがあるので雨の日は朝マックを買おうかどうか迷いながらオーロラタウンを横切る。今日は買わなかった。

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6月末で2つの地方FM局が事業停止になったらしい。民間ラジオ局の廃局はこれまで1局(事業譲渡で継続した局は除く)だったとのこと。調べてみたら1990年の愛知国際放送名古屋市)だった。今回廃局になったのは Radio NEO新潟県民エフエム放送で、Radio NEO は愛知県の局だった。FM の民間放送が始まってから3例しかない閉局のうち2局が名古屋市というのは偶然だろうか。

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「対策した方が感染しにくいけど感染確率をゼロにすることはできない」というのはわかる。対策というのは確率を下げることであり、効果的な対策というのはより確率が低くなる対策だろう。網の目を細かくするようなイメージだ。

ただ、それだけだと「すべてかゼロか」型の考えしかできないかわいそうな人が「対策しても意味がない」という不思議な結論にたどり着きがちなのも事実だ。そういう人が拡大に加担しないためにも、もう少しわかりやすい指標が欲しい。

例えば「しっかりと対策した人たちは10万人中5人が感染しました。全然対策をしなかった人たちは10万人中20人が感染しました」くらいの指標はできないのだろうか。もっと言うと「全体の75%の人がしっかりとした対策をすることで、1ヶ月後にはこの数字が10万人中2人にまで下がるでしょう」という指標もあると励みになるだろう。

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販売サイトの商品案内の日本語は昔から変なのが多かった。ただ、かつてはかなり怪しげなショップだけだったのが、今はそこそこの規模のメーカー直販ですら変な日本語を見かけるようになった。

理由を推測してみた。

  1. 自動翻訳の精度が上がったので多少おかしなところがあってもコストとのトレードオフで使うようになった。
  2. 文章がおかしくても購入者はそういうものだと気にしなくなった。
  3. 日本語を母国語とするユーザーが購買層として魅力がなくなった。
  4. ユーザーの文章理解が衰退したため、おかしいとおもわなくなった。

案外4の影響が大きかったりして。

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