昨日の泥

けれど夕日はお前と仲間の髑髏を映す

どうして帽子なのだろう

日記

久しぶりに出社。午後からオフィスの引っ越し作業がある。社内はすでにパーティションが撤去されていていつもと雰囲気が違う。

いろいろ

ドラマでは「プログラムやデータは0と1の羅列」みたいな陳腐な表現をしがちだけど、それって「料理は100種類にも満たない元素の集まり」って言うくらい意味がない。

デジタル庁に期待することがあるとしたら「電気を使えばなんでもデジタル」とか「新旧2つのものがあれば新しいほうがデジタル」といった腐りきった考え方を徹底的にぶちのめして欲しい。後者は「新しいほうがデジタル」というより「古いほうがアナログ」みたいな風潮かもしれない。「メールとLINEならメールがアナログ」くらいの勢いで意味が壊れている。あとちょっと前にくまだまさしが「僕はアナログ派なんでネットワーク配信じゃなくてDVDで映画を見る」って言ってた。DVDのDとは。

犯人がアニメーションの愛好者だったときの記事では犯人の特徴として「アニメ好き」と書かれがちだ。アニメーションをサバイバルゲームに置き換えても同様。一方、映画や演劇の愛好者だったときはそのような説明がつかない。これは確かにアニメーションファンへの差別を助長するんだけど、報道する側は「書かないようにします」じゃなくて「だったらどんな趣味でも犯人が趣味を持ってたらそう書くよ。無趣味だった場合は無趣味って書くよ」って返さないのが不思議だ。

f:id:motomachi24:20210904073818p:plain 数十年間疑問に思ってるんだけど「この帽子ドイツんだ?」「オランダ」ってどうして帽子なのだろう。別に帽子じゃなくたって通用する駄洒落じゃないか。

パンチカード

穴がたくさんあいたテープ状の紙は実物は見たことなくてもマンガ等でご存知の方が多いと思うけど、角丸で左上だけ斜めにカットされた長方形のパンチカードは存在もあまり知られていないようだ。

私は学生の頃にこのパンチカードを仕方なく使っていた。前の講義の都合で計算機演習が始まるギリギリにしか計算機センターに行くことができず、ディスプレイ付きの端末がふさがっていて仕方なくパンチカードにプログラムを打って FORTRAN を走らせていたのだ。1つの演習問題に対して厚さ数センチ分のパンチカードを打ち、それを専用の読み取り機に通すと結果が馬鹿でかい紙で出力されていた。当時としてももう終わろうとしている方式だった。

私の学生のころのプログラミング経験は教養のころにやったこの数ヶ月の演習だけだったけど、社会人になってすぐにプログラムを書いてた。それくらいプログラミングって簡単なんですよ~(料理って、楽しいんですよ~)