昨日の泥

けれど夕日はお前と仲間の髑髏を映す

北北東と東北東の区別

日記

列車で集団で移動している最中に同僚が失踪してしまうという夢を見た。座席に手紙が残されているんだけどその中で同僚は私への感謝を綴っていた。どれも身に覚えがない。夢の中で「うわ俺はこんな夢を見て恥ずかしい」と思った。

ブームに乗って不織布マスクの上からウレタンマスクをして出社。最初の数分はそこそこ苦しくて呼吸器系のトレーニングになるんじゃないだろうかと思ったがすぐに慣れた。

昨日、昼食にコンビニのソーセージマフィンと豆腐バーを食べて思ったより満足感があったので、今日はマフィン抜きでサラダチキンバーだけの昼食にしてみた。なぜか午後になってものすごく眠くなる時間があったが、それ以外は問題なし。たまには豆腐バーやチキンバーで済まそうと思う。朝通勤途中に買えるので昼休みにコンビニに行かなくて済むというメリットもある。

はてなブログの途中に入る広告でたまにリンク切れになっていることがあるんだけど、その表示が「お探しのページは見つかりませんでした」と書かれている。こちらはそんなページ探した覚えはないし探したくもない。なんなら無いほうがずっとありがたい。そのページを探しているのは私ではなく広告へのリンクをブログ内にはさんだ誰かだ。つまりはてな社自身ということになる。自分に向かって「お探しの」と言っているわけだ。謙譲語というものを教えてあげたい。

関係ないけど、十年以上前に沖縄に行ったとき観光バスのガイドさんが丁寧語か尊敬語だと思ったのか「申す」という言葉の使い方が変わっていた。「〇〇なときはどうか〇〇と申してください」みたいに。ネットでたまに見かける「ご拝読ください」みたいだ。

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十六方位の命名方法は独特だ。二文字の場合は両者の中間(中間は2つあるがその話は明日)を表し、三文字の場合は A+BC と解釈して、A と BC の中間を表す。同様の命名法は他にあるんだろうか。

この独特な命名方に馴染めない人は少なくない気がする。北北東と東北東の区別がつく人の割合はどれくらいいるんだろう。あまり自信はないが「東北地方」という言葉があることで混乱している人もいるんじゃないだろうか。

北だけ書かれてあとの15個が空欄になった状態で正しく埋められる人は意外と少ないんじゃないかと思う。もしかしたら正解者は8割を下回るかもしれない。もっと言うと東西南北を正しく書ける人が…

ついでだから以前どこかに書いた問題を書いておく。上が北・左が東・下が南・右が西と書かれた(=東西が逆)案内板があるとする。東西南北の文字は鏡文字ではない。この案内板は間違いではなく意図して逆になっている。その使いみちとは?答えは最後に。

必死

いままで必死になったことがない。必死とは必ず死ぬことなので、必死になったら生きていないだろう。なぜなら必ず死ぬようなことをしたら必ず死ぬからだ。「私はいま多分生きている」そして「死んだ人はいま生きていない」よって「私は多分必死になったことはない」のだ。

「必ず」という言葉の意味を甘く見てはいけない。例外がゼロだから「必ず」なのだ。

「必死になって働いた」という人は「必死」の部分が嘘かゾンビになっているかのどちらかだ。

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限りなく

これも何回か言ってるけど「限りなく透明に近いブルー」は「完全に透明なブルー」と精確に一致する。「一致するとみなしても問題ない」ではなくて「精確に一致する」だ。

これが理解できない人はおそらく「近い」は「ゼロより大きくなければならない」という思い込みがあるのだろう。そんなことはない、ゼロほど近い距離はないのだ。「限りなく」ということは「あなたが0じゃないどんな距離を示してもそれより近い」ということだ。そんな値は0しかない。

頑固な人は「いや 0.0000… と0がとてつもなく続く」と言うかもしれない。でもどこかで0じゃなくなるのならそれより小さい数はある。それが「限り」だ。つまり「限りなく」が嘘ということになる。「いやいやそうじゃなくて、0.0000…と0が無限に続くんだ」というかもしれない。それは0だ。嘘だと思ったら 0.0000… から 0 を引いてみろ。

諦めたまえ、君ごときが無限に勝てる訳がないんだ。

失言暴言

森喜朗君がまたを暴言を吐いた。というか失言暴言以外を喋ることができないロボットのようだ。

ただ、多くの失言や暴言を批難してもそれほど効果はないだろう。発言に関して言った本人を責めるのは簡単だし、いかに間抜けであるかを指摘することにそれなりのカタルシスがあることは否定しないが、あの酷い発言の数々を喜ぶ癌細胞みたいな老人がたくさんいることにもっと絶望すべきではないだろうか?

多くの老人たちの醜く爛れた思考が人の形をして喋っているのが森喜朗君だと思った方がいい。本体を潰さない限り別の森喜朗君がまた現れて間抜けな言葉を垂れ流すだけだ。森喜朗君を憎む以上の情熱をもって本体を憎まなければ終わらない。森君を「国の恥だ」と言って引きずり下ろすのはゴールではない。「恥」はもっと大きな存在だ。

16(回答編)

天井に貼る案内板だった。下から見上げたときに正しい方向を指している。