昨日の泥

けれど夕陽はお前と仲間の髑髏を映す

負け規格

プチテレワーク3日め。ちょっとした壁で作業は停滞。

家のディスプレイがでかくて解像度が高いのに Xcode のフォントサイズを変えずにいたら文字が細かすぎて、didSelectRow と書いてあるべき部分が didDeselectRow と書いてあるのに気づかず、その間違いのせいで謎の現象が起きて解明に2時間くらいかかった。

書き間違いで時間を無駄にすることはあるとは言え、画面の広さに浮かれて書き間違いに気づがなかったのはいただけない。

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四半世紀くらい前までは「首相が変わったところで大きな変化があるわけじゃないし」みたいな空気があったけど、いまは「〇〇が総理のままだとどんどん酷くなる」「〇〇が総理になったら大変なことになる」と恐れられている。それだけの力を持つようになったのだとしたらなぜ?どの時期から?

それがいいか悪いかはともかく「総理はお飾り」みたいな考えがかつてはたしかにあったと思う。

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いま世界に欠けているのは「ビデオで言うβ的な製品の出現」ではなかろうか。ここ何年も「レーザーディスクに対するVHD」「ブルーレイに対するHD DVD」「プレイステーションに対するセガサターン」みたいな負け規格が全然出てこないじゃないか。

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f:id:motomachi24:20200908085958j:plain ランドセルの色と性別と世代差の話をよく見かける。子供は好きな色を選ぼうとするのに祖父母が「女の子なんだから赤」と口を出すといった類の話題だ。

ただ、色の問題が議論されるようになって以降、ランドセル自体の是非については問われなくなっているような気がする。もしかして根本的な問題から目を逸らさせるための罠だったのではなかろうか?

そんなわけない。