昨日の泥

けれど夕日はお前と仲間の髑髏を映す

10:27・フレームアウト・金色

朝食はフリーズドライの小さい雑炊。10:27の JR で北広島に向かう。

昼食は実家で寿司とおせちと刺し身。酒をいつもの半分以下にした。父が着物を持って行け大島紬だとしつこいので早めに帰ってきた。あと、父が酔ってて聞き取りにくいのもあるが、俺も最近テレビの音が聞こえると(その番組に興味がなくても)目の前の人が喋っている内容が聞き取れなくなってきたせいでもある。

日記の途中ですが、だいずの横顔をご覧ください

日記ではないけど思い出したので書いておこう。「見切れる」という言葉は、次のようにマインド的には真逆の二種類の使われ方をしている:

  1. 見えるはずではなかった人や物の一部がフレームインしてしまう
  2. 全体が見えているはずだった人や物の一部がフレームアウトしてしまう

ただ、両者は「一部が見えていて、他が見えてない」という点で、現象としては同じことが起きているのだ。その現象に対してフレームの中に文句を言っているかフレームの外に文句を言っているかの違いということになる。実に興味深い(すごい勢いで数式を描き始める)。

夕食を食べながら昨日の格付けを見た。楽器の違いはテレビ越しだと音が伝わりにくくて難しい。ただ、今回は出題側のミスでスタインウェイの金色で大きいキャスターが遠目にもはっきり分かってしまったため、音を聞く前に分かる人が居たんじゃないだろうか。自分は後から気づき、巻き戻して確認したんだけど。